わたしから見えた世界5 〜日曜学校のこと 〜

(「わたしから見えた世界」と題して、プロフィールがわりに自分のことを書いています。今日は日曜学校に通ってたことです。)


はっきり覚えていないのですが
おそらく幼稚園の途中から
小学校1年ぐらいまで
日曜学校に通っていました。


キリスト教の教会の子ども版みたいな感じでしょうか。


うちは父の家系が確か臨済宗(禅寺系)、母の家系が浄土真宗で仏教系ですが

父方の曽祖父は神社もお寺も大好きで
お葬式には神主さんとお坊さんが来てくれて、一緒にあげてくれたそうです。(どんな具合にやったのか?ですが)
 

そんな具合で
宗教に関してはあんまりこだわりがなく、いいとこで子どもが集まるというなら…という感じで行くことになった気がします。


牧師さんと奥さんはとっても優しくて
一緒に遊んでくれて楽しかったのを覚えています。

パイプオルガンの音色と賛美歌も大好きでした。


教会にはミモザというとっても優しいゴールデンレトリバーがいました。
子犬を産んでうちの前の家で飼うことになりました。


カートという名前で
賢くてととっても可愛い子でした。
カートは初めから盲導犬として
育てることになっていて、

小さいながらに
色んなことをマスターしていって
盲導犬の学校に預けられていったのを覚えています。

盲導犬のことを知ったのは
彼のおかげでした。


クリスマスにはお芝居をしたり、
バザーで小物を作って売ったのもいい思い出です。


クリスマスには
西洋人も数人来ていて
珍しい西洋風のお菓子をいただいたり
英語で話しているのを聞くのも楽しみでした。


日曜学校はこう書いてみると
楽しかったと思うのだけど

教会のお説法がこわくてこわくて(苦笑)

牧師さんは普段は優しいのに
お説法の言葉になると急に厳しくなるんです。


人は罪深い存在なんだ…とか
だからこそ、清く美しくなるよう努めなきゃいけないんだ…とか


子ども心に
悪いことをしちゃいけないんだーと思って

ちょっとでも悪いことをしたら
夜、ベッドの中で
真剣に神様に「ごめんなさい。」と
お祈りをしていました。


バス酔いするので
日曜学校に行けなくなっちゃったのだけど、

もしかしたら、もっと楽に生きたいからやめたのかもしれないなーと思います。



子ども心に
美しいものや清いものになろうとすればするほど

自分や人の酷いとこや
醜いところが見えて
窮屈になって苦しい
というのを肌で学んだのかも。


正しいのがいいわけじゃない…。


本当の優しさって何なのだろう?
本当の美しさって何なのだろう?
 


というのを考え始めるきっかけになった貴重な体験でした。




藤田みのり




<本当の自分を出して、自由に楽しく生きる道> 藤田みのり (一悟術ヒーリング・感情カウンセリング )

本当の自分がうまく出せない、つい人に合わせてしまうあなたへ。 実体験やこれまでの学びをもとに、自然な、素の自分になっていくヒントをお伝えしています。

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